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東京高等裁判所 昭和19年(オ)709号 判決 1948年7月16日

上告人

樂天堂製藥株式会社

被上告人

藤村惣一郞

主文

原審決ヲ破毀シテ本件ヲ特許標準局ヘ差戻ス

理由

上告理由第一点ハ「商標法第二十二條第二項ハ審査官又ハ利害関係人ニ非ザレハ同法第十六條ノ規定ニ依ル商標ノ登録無効ノ審判ハ之ヲ請求スルコトヲ得サル旨ヲ規定セリ而シテ右審判請求人カ利害関係ヲ有スルヤ否ヤ從テ当事者タル適格ヲ具備スルヤ否ヤノ点ハ原則トシテ審決ヲ爲スノ当時ノ状態ニ於テ之ヲ判定スヘキモノトス(大正十四年(オ)第一六五号御院判決)故ニ縱令審判請求人ニ於テ審判請求当時ハ当事者タリ得タリトスルモ其ノ後ノ事情ノ変化ニ因リ審決当時ニ到リ其ノ適格ヲ喪失シタリトセンカ宜シク当該審判ノ請求ハ不適法ノモノトシテ之ヲ却下スヘキコト言ヲ俟タザルトコロナリ。今茲ニ本件ニ付之ヲ按スルニ被上告人ノ申立ニ依レハ同人ハ現在大阪府吹田市二二七〇番地ニ営業所ヲ有シ藤村樂天堂ノ店主トシテ引用標章「ラクテン」ニ関スル藥剤営業ニ從事スルモノナルヲ以テ本件審判ニ付利害関係人ナリト云ウニアリ(原審判決書「申立及理由ノ要領」ノ項御参照)又原審カ被上告人ナリト判定シタル所以ノモノハ原審ニ決書中「審決ノ理由」ノ項ノ冐頭ニ記載セラルル如ク甲第十五十六号証其ノ他ヲ綜合シテ之ヲ認定シタルモノナリトス。而シテ原審迄ニ顯ハレタル右甲第十五十六号証其ノ他ノ資料ニ付之ヲ精査スルニ被上告人カ肩書ノ地ニ於テ賣藥「ラクテン」ニ関スル営業ヲ爲セル事実ヲ認メ得ルハ昭和十七年六月十九日付大阪府吹田警察署発行ニ係ル営業証明書(甲第十五号証ヲ以テ其ノ最モ新シキモノト謂ウヘク其ノ後一年九月ヲ経過セル審判当時即チ昭和十九年三月ニ於テ猶引続キ被上告人ノ営業ヲ爲サレツツアルモノトハ遽ニ之ヲ断スルヲ得サルモノナリ尤モ往年ノ自由経済時代ノ如ク各種ノ企業カ何等ノ製肘ヲ受クルコトナク平穏ニ継続シ得ラレシ当時トスレバ右ノ如キ証拠ヲ以テ一應ハ之ヲ承認スルモ妨ケナカリシナランモ此ノ間國内情勢ハ日支事変ヨリ大東亞戰爭ニ突入スルニ及ヒ決戰態勢ヘノ急速ナル移行ヲ必要トスルニ到リ産業界モ亦強力ナル統制下ニ置カレ凡ユル企業ニ対シ整備統合ガ急速ニ展開セラルルニ到レリ。

而して賣藥業界ニアリテモ亦以下述フルカ如キ稀有ノ一大変革カ急速ニ而モ強力ニ実行セラレタル事実ニ鑑ミルトキハ原審ノ挙ケタル甲各号証其ノ他ヲ綜合シ以テ審決当時ニ於テモ依然トシテ被上告人ノ営業カ継続セラレタルモノトハ轍ク推認スルヲ得サルベシ。当時賣藥ハ其ノ免許方数四十万ノ多キニ逹シ從テ其ノ内容モ亦復雜多岐ニ亘リ処方自体ニ於テ必スシモ適当ト認メ難キモノアリ。且其ノ生産設備技術從テ製品ノ品質等ニモ保險衞生上改善ヲ要スト認メラルル点尠ナカラザルノミナラス主要原料タル藥局方藥品及生藥類ノ中供給困難ヲ想フモノ漸次增加シ此等原料ノ配給ハ著シキ減少ヲ呈スルニ到レリ而モ他面其ノ生産ノ依然タル低位性ハ蔽ヒ難ク洵ニ寒心ニ堪エサル状勢ニ直面セリ。政府ハ之ニ鑑ミ其ノ生産配給両部面ニ亘リ速ニ企業整備ヲ図ルコトヲ喫緊ノ要務ト認メ先ツ昭和十六年十二月「藥業整備ニ関スル方針概要」ヲ決定シ賣藥ニ関シテハ其ノ「具体的方策」ノ項「三」ニ於テ(1)新ナル賣藥ノ免許ニ当リテハ当分之ヲ抑製スル方針ノ下ニ十分ノ檢討ヲ加ヘ愼重ヲ期スルコト。(2)既存ノモノニ付テハ之ヲ成分、効能生産性等ニ付檢討ヲ加ヘ整理ヲ行フコトヲ発表シ一方昭和十六年十二月九日「賣藥ノ新規発賣免許ニ関スル件」(厚生省発衞第一二九号衞生局長通牒)ヲ以テ賣藥ノ新規発賣免許申請アリタルトキハ爾今当分の間免許相成ラサル樣致度尚免許ノ讓受又ハ免許事項ノ変更申請アリタル場合事情調査ノ上已ムヲ得サルモノノ外免許相成ラサル樣致度旨ヲ各地方長官宛通牒シ整備ノ基礎ヲ固ムルト共ニ更ニ之カ整備実施方策トシテ翌十七年二月「賣藥営業整備要鋼」(昭和十七年二月十八日厚生省衞発第二〇号)ヲ決定シ厚生次官ヨリ各地方長官宛通牒シ賣藥営業ニ付其ノ整理統合ノ基本要鋼ヲ明示シ整備ヲ図ラシメタリ、其ノ内容ハ頗ル多岐ニ亘ルモノナルカ第一生産部門第二販賣部門ニ岐レ(イ)生産部門ニ於テハ本舖賣藥及配置賣藥ノ二種ニ付テハ生産企業体ノ整理統合ヲ図リ各道府縣廳ノ指導ノ下ニ賣藥工業組合ニ於テ原則トシテ一道府縣一生産企業体ニ統合スルコトトナシ特殊ノ事情存スル府縣ニ於テハ地方ノ実情ニ應シ数企業体トナスコトヲ得ルコトトシ処方ニ付テモ同種ノモノハ可及的ニ整備スルコト等ヲ明示シ更ニ(ロ)販賣部門ニ就テ配置ノ本鋪及藥局ノ各賣藥ノ業態ニ應シテ適宜措置スルコトト爲ス等ヲ定メ政府ハ之ニ基キ地方廳其ノ他関係者ヲ指導督励シテ鋭意整備ノ急速ナル逹成ニ努力シ來リ此ノ間趣旨ノ徹底不十分等ノ爲一時停滯的氣運ヲ讓成シタルカ如キコトナキニ非サリシモ政府ノ確呼タル方針ハ終止搖クコトナク常ニ之ヲ指導督励ヲ加ヘ実施ノ捉進ヲ爲サシメタル結果全國的ニ逐次進捗シ昭和十八年末ニ於テ殆ント各府縣ニ亘リ其ノ整備ノ完成ヲ見ルニ到レルモノナリトス。右賣藥営業ニ関スル企業整備ハ本件被上告人ノ営業地タル大阪府下ニ於テモ各関係当路者ノ眞摯ナル努力卓施ノ結果円滑ナル進捗ヲ見早クモ昭和十八年七月新企業体ヲ四十九ノ生産業体トナスコトニ決定シ其ノ企業体名モ同時ニ発表セラルルニ到レリ然ルニ右四十九新企業体中ニハ被上告人ノ氏名又ハ商号ヲ発見スル能ハサルハ勿論同人カ新企業体ニ吸收合併セラレタルノ形跡モ亦之ヲ認メラレザリシナリ茲ニ於テ上告人ハ昭和十八年六月二十六日附差出ノ弁駁書ノ末項「五」(「四」トセシハ「五」ノ誤記ナリ)ニ於テ右ノ事実ヲ指摘シ之ニ由リテ観レハ被上告人ノ営業ハ実績僅少ナルカ爲或ハ右企業体ヘノ参加ヲ許サレス自然廃業ノ已ムナキニ立到レルヤモ量リ難キヲ以テ職権ヲ以テ此ノ点調査セラレ度其ノ結果廃業ノ事実カ確認セラルルトキハ縱令右ノ事実カ第一審決後ニ発生シタルモノナリトスルモ被上告人ハ最早本件審判請求ニ付現実ノ利害関係ヲ有セサルコトトナリ第一審ハ結局不適法ナル事件ニ付本案ノ審判ヲ爲シタルニ帰シ違法タルヲ免レス。ト判示ノ上第一審審決ヲ破毀スルト共ニ本件審判ノ請求ハ之ヲ却下相成度旨ヲ陳述セリ然ルニ原審ニ於テハ上告人ノ右陳述ニ対シ毫末モ考慮ヲ拂ヒタル形跡ナク之ヲ無視シ強度ノ賣藥生産企業体整備カ最近実行セラレ幾多ノ轉廃業者ノ続出シツツアルハ顯著ナル社会的事実ナルニモ拘ラス聊モ此ノ点ニ付考慮セス又職権ニ依ル調査モ行ハズ。審決当時ヲ遡ル一年九月モ以前ニ爲サレタル営業証明書(甲第十五号証)其ノ他(何レモ右証明日附以前ノモノナリ)ヲ綜合シタルノミニ拠リ漫然被上告人カ本件審決請求ノ利害関係人タルコト明ナリト判示シタルハ右利害関係ノ存否ヲ判定スヘキ時期ヲ誤リタルカ又ハ審理ヲ爲ササルノ違法アルモノト謂フヘシ、加之上告人ハ更ニ被上告人カ最近ニ到リテ依然営業ヲ続行シツツアルヤ否ヤノ確証ヲ得ントシ先ツ件外東京都荏原区小山五丁目四十二番地小林周三ヲシテ昭和十九年一月二十七日吹田市長宛被上告人ノ営業証明願書(原審ニ提出ノ乙第二号証)ト共ニ若シ被証明人カ既ニ営業ヲ廃止シ居ラバ其ノ旨ヲ附記シ該証明願書ハ之ヲ返付セラレ度旨記載シタル書面ヲ添付シ吹田区役所宛発送セシメタルトコロ右市役所ヨリ昭和十九年一月二十二日附ヲ以テ被上告人ハ現在営業シ居ラス、日本通運会社ニ勤務中ニ付申越ノ通及返戻候ナル書面ト共ニ前記願書(即乙第二号証)ノ返付ヲ受ケタリ仍テ右各証拠ト共ニ其ノ事実ヲ昭和十九年一月二十七日申立理由補充書中ニ陳述シ被上告人カ廃業シ而モ日本通運会社ニ勤務中ナル事実ノ闡明セラレタル以上本件審判ハ不適法ノモノトシテ却下セラルヘキモノナルコトヲ重ネテ主張シタリ尚更ニ進ンテ昭和十九年二月九日附補充書ト共ニ乙第四号証トシテ被上告人カ肩書ノ地ニ於テ現在賣藥製造販賣営業ニ從事シ居ラザル旨ノ昭和十九年二月一日附吹田市長ノ証明奧書ヲ有スル書面ヲ提出シ又モ前記ノ主張ヲ反復強調シタリ此ノ如ク上告人ニ於テ証拠ヲ挙ケ被上告人カ最近ニ至リ其ノ営業ノ廃止ニ依リ利害関係人タルノ適格ヲ喪失セル旨力説セル以上本件審判請求ニ関シ利害関係ノ存在ニ付立証責任ヲ有スル被上告人ニ於テ更メテ之カ立証ヲ爲スヘキカ通例ナリ若シ整備ノ結果其ノ営業ニシテ新企業体ニ吸收セラレントスレバ之ヲ証スルコト易々タルヘク又営業所ヲ移轉シタリトスレバ之亦其ノ立証ニ何等煩雜ナル手続ヲ要スヘシトモ思考シ難シ然ルニ被上告人ハ之ニ対シ一切沈默ヲ守リ審理終結ニ到ルマテ豪末モ抗弁スルトコロナク其他何等ノ措置ヲ講セル形跡ナシ。

敍上ノ事実ヲ綜合考覈スルニ於テハ特別ノ事情ナキ限リ被上告人ノ営業ハ既ニ廃止セラレタルモノト断スルモ毫モ妨ケナシト思料ス、然ルニ原審ハ此ノ点ニ就テハ單ニ乙第四号証ノ提出ノミヲ認メ「尤モ乙第四号証ニ依レハ審判被請求人(被上告人)ノ営業ハ現在肩書地ニ存在セサルニ至リタルカ如キモ未タ同号証ハ『ラクテン』標章ヲ使用スル藥剤営業ヲ廃止シタル証拠ト爲スニ至ラス」ト上告人ノ主張ヲ軽ク一蹴シ去レリ單ニ乙第四号証ノミヲ採リテ之ヲ観レハ被上告人カ完全ニ賣藥営業ヲ廃止シタル積極的証拠トナスニ足ラサルヤモ知レス。然レトモ賣藥営業ノ整備カ最近急速ニ実施セラレ弱小業者ノ多数カ轉廃業ヲ爲セル事実乙第二号証同第三号証ト共ニ同四号証ヲ照應考覈シ更ニ審理終結ニ到ル迄被上告人カ右ニ対シ何等ノ抗弁ヲ試ミサリシ事実等ヲ併セ稽フルトキ被上告人ノ営業ハ既ニ廃止セラレタルモノト推認スルヲ得ヘシ仮令之ヲ確認シ得サリトスルモ其ノ嫌疑濃厚ナルモノアルハ明白ナリ原審ニシテ若シ未タ被上告人ノ営業廃止ヲ確認スルニ至ラストセハ此ノ場合釈明権ヲ行使シテ之ヲ明瞭ナラシムルカ或ハ職権ヲ以テ進テ其ノ事実ノ有無ヲ審理スヘキカ至常ナルニ拘ハラス全ク之ヲ怠リ乙第二、三号証ヲ看過遺脱シ單ニ乙第四号証ノ表面ニ顯ハレタル事項ノミヲ採リテ以テ上告人ノ此ノ点ニ関スル主張ヲ排斥シタルハ釈明権ノ行使並当然爲スヘキ職権調査ヲ怠リタルモノニシテ明ニ審理不盡ノ違法アルモノト謂ハサルヘカラス」トイフニアル。

記録ニ徴スレハ本件記録ハソノ原本カ上告審ニ繋属中今次ノ戰災ニヨリ全部焼失シ現存スルモノハ、当事者代理人ノ保存シテイタ写ニ基イテ再製シタモノテアルコトカ明カテソノ中ニハ原審決ノ写ハアルカ、審決ノ理由及ヒ論旨ニ引用サレタ書証ハ勿論一切ノ書証ノ原本又ハ騰本ハ存在シテイナイ、シカルニ論旨ハ要スルニ被上告人カ肩書営業テ賣藥ノ製造販賣業ヲ営ミ係爭ノ『ラクテン』標章ヲソノ商品ニ使用シテイタトノ原審ノ書証ニヨル事実認定カ実驗則ニ反スルコトヲ批難スルモノニ外ナラナイカラ、ステニ原審ニ提出サレタ一切ノ書証ノ現存シテイナイ本件ノヨウナ場合ニハ原審決ノ認定ヲ実驗則ニ適スル正当ナモノトシテ維持スルコトハコレヲ爲シ得ナイノテアル。

結局本件上告ハ論旨第一点ニオイテソノ理由カアリ、原審決ハ破毀ヲ免レナイカラ他ノ上告理由ニタイスル判断ヲ省略シ、商標法第二十四條特許法第百十五條民事訴訟法第四百七條第一項ヲ適用シテ主文ノ通リ判決スル。

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